ケバブ食べた、レイスケバブ好き

レイスケバブ、それは笑いと音楽の折衷点であり、ホストとサラリーマンの中立地帯でもある歌舞伎町という雑多な街の中で、立場や肩書きを一時的に脱がせる場所。つまるところそれは、「異文化交流の場」という特性を持ったケバブ屋だと言えるだろう。深夜のテンポの速い会話、行き交う人々の断片的な人生、そのすべてを受け止める器として、レイスケバブは存在してきた。

2026年現在、レイスケバブはとうとう大衆化し、新宿ケバブの代名詞とも言える存在になったように感じる。今回はその歴史と変遷について、私なりの視点から考察してみたい。

コロナ以前、ここレイスケバブのケバブは塩味が強く、食事というよりも酒のツマミとしての色が濃かった。近隣にはホストクラブやキャバクラ、ライブスペース、飲み屋が密集しており、歌舞伎町特有の夜型文化が味覚にも反映されていたのだと考えられる。短時間で強い満足感を与えるための、攻撃的とも言える味付けだった。

しかしコロナ以降、街の空気は大きく変化した。かつての夜の客層に加え、昼間や夕方に訪れる一般層が増えたことで、レイスケバブの味もマイルドな方向へと舵を切る。もともと肉質の良さには定評があったこの店は、味変を経て、誰にとっても食べやすい上質なケバブへと進化した。その結果、店舗面積は拡張され、ついにはイートインスペースを備えるまでに成長を遂げた。

私はレイスケバブを、コロナ以降の新宿文化を象徴する存在だと感じている。尖りながらも開かれ、雑多でありながらも調和していく。その変化の過程は、新宿そのものの現在地を映し出しているようだ。これから新宿という街がどのように変わり、それに呼応してレイスケバブがどう姿を変えていくのか。その行方を、ひとりの観測者として見守り続けたいと思う。

photo & text by るーな

新宿に落ちていた一番面白かったもの、それはおじさん。歌舞伎町のゴールデン街の四季の路に落ちていてインバウンド観光客の方に心配されていた。新宿歌舞伎町に入り浸り面白いものを探すのが趣味。ホテルの前に座り込むトー横界隈は何を考えているのだろう。
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るーな