紙媒体は本当に終わるのか?

「今どき、誰が雑誌なんて読むの?」
「雑誌はつまらないし、時代遅れだ。」
「読むならオンラインで十分。」
「高いし、お金を払う価値がない。」

今の時代、雑誌について語ると、こうした意見を耳にすることがあります。ほとんどのものがデジタル化された現在、紙の雑誌は少しずつ姿を消しつつあります。多くの人はスマートフォンで手軽に情報を得ることを選びます。それでもなお、雑誌を買い、集め、読み続ける人たちがいます。私もその一人です。

私は昔から、何かを記録することが好きでした。訪れた場所、出会った人々、そして何気ない日常の瞬間。それらは当たり前に思えても、時間が経てば大切な記憶になります。今は当たり前に存在するものでも、明日にはなくなっているかもしれません。

記録することは、日記を書くことに似ています。数年後に振り返ったとき、その出来事だけでなく、その時に感じていた気持ちまで思い出すことがあります。記録は、その瞬間や場所、人が確かに存在していたことを残してくれます。だからこそ、私にとって雑誌には価値があります。雑誌は単なる情報媒体ではありません。写真や文章、レイアウト、デザインが一つになり、読者に特別な体験を届けます。一冊の中には、多くの人の考えや表現が詰まっています。

しかし今、雑誌は「古いメディア」と見られることが増えました。そこで改めて問いかけたいのです。

フィジカルメディアは、本当に衰退しているのでしょうか。

私たちは毎日、膨大な量のコンテンツを消費しています。しかし、その多くはすぐに忘れられてしまいます。一方で、フィジカルメディアには独特の存在感があります。自分で選び、お金を払い、手元に残す。その行為によって、雑誌や写真集、CDは単なる物ではなく、思い出や感情と結びついた特別な存在になります。もしかすると、現代の私たちに足りないのは、その感覚なのかもしれません。無限にコンテンツへアクセスできる時代でありながら、本当に心に残るものは少なくなっているように感じます。

私が雑誌を作り始めた理由もそこにあります。クリエイターたちの表現の場をつくるだけでなく、今この街に存在する人々や場所、カルチャーを記録として残したいと思っています。数年後、この雑誌は今という時代を振り返るための記録になるかもしれません。その時代を生きた人々、街の空気、ファッション、そして創造性を伝える小さなタイムカプセルになればと思っています。変化の速い時代だからこそ、何年後でも手に取り、振り返ることのできるものを残したい。すべてがデジタルである必要はない。

photo&text by Naira Cindy

インドネシア出身。新しい場所や物事に出会うことが好き。アートは私の人生の大切な一部であり、作品づくりを通して結果だけでなく過程の大切さも学んだ。散歩やイベントに出かけること、人と話すこと、おいしいものを食べることも好き。

Naira Cindy