果たして…

どもども。

太陽がギラギラと照りつけ、蝉が何かを訴えるようにしてわめいている頃、僕の身には吹く風すべてが新鮮に感じられ、頭に強い衝撃を受けるような大きな転換が訪れました… というとなんだかちょっと大袈裟で、サイズの合わない靴を履いたみたいな違和感を覚えますね。付け焼き刃の文学っぽい表現を抜きにして単刀直入に言うと、坊主頭になりました。吹く風云々のくだりも、ただ地肌で風を感じ、頭をあちこちにぶつけているだけです。

きっかけというきっかけは特になくて、本当になんとなく頭を丸めました。坊主にするまでは七三分けまたはオールバック、マッシュ気味の全下ろしヘアといった具合の変遷をたどっていたので、急に坊主にしたときには友人をはじめ、会う人会う人に驚かれましたね。頭を刈ってくれた床屋のおっちゃんにも「ほんとに坊主にしていいの? なんかいわくがありそうだけど… 」 と心配されたほどです。

ただ、そんなふうにあれこれ言われること以外は本当にメリットばかりで、日常の節々に坊主にしてよかったなあと感じることがあります。たとえば、身支度をするとき。朝起きて寝癖をなおし、ジェルやらグリースやらを使ってセットする。順調にいったとしてもそこそこの時間がかかるのに、僕の髪はずいぶんと難儀な性質を持っているようで、いうことを聞かせるだけで精一杯。ところがさっぱり爽やかな素敵坊主頭だと、目を覚ますために軽くシャワーを浴びるだけで支度が完了します。面倒なことなんて一切ありません。他にも、風の強い日でも涼しい顔で外を歩けますし、雨の日も髪がうねっているのを見て憂鬱な気分になることなく快適に過ごせます。これはもう、坊主にしない理由がないですね。

とはいっても、デメリットだってもちろんあります。僕は気が向いたときにバリカンで頭を刈っているんですが、そのときの体勢がほんとうに情けないんですよ。そう広くない部屋に新聞紙やらビニール袋やらを敷き、そこに土下座するような形で首を垂らしてバリカンをウィンウィンいわせている成人男性。夢中で腕を動かしているうちは、けがれのようなものが一緒に落ちていくようで気分がいいんですが、ふと冷静になった瞬間、何が悲しくてこんなことしなくちゃならないんだとため息が出ます。そのため息で髪の毛が飛んで、また… なんて。

坊主にするという行為を中心とした日々の営み。そこにはささやかな幸福と、ため息混じりの独り言があります。これはもう、文化といって差し支えないのではないでしょうか。

こんな具合に、なんてことないあれやこれやを「泡沫」と銘打ってぽつぽつ書いています。インスタのbio欄等から、ぜひ見に来てくださいね。

ではでは。

photo & text by コン

石川県出身。20歳。初対面の人に年齢を当てられたことがない。どうやら老け顔らしい。アラームをかけ忘れて寝坊することがままある。
@ko.ko.n_

コン